"The ghastly past" showed Asgray "The guidepost to the bright future"
〜悪夢と夢が織り成す道標〜

私の故郷ダイが鮮血と鉄錆の臭いでむせかえる忌まわしいあの日、私は年端も行かぬ幼子だった。
伝説の名を冠した盗賊団…彼らは私から殆ど全てのものを奪い去ってしまった。

阿鼻叫喚の中、私達母子はダイの町を逃げ惑っていた。「あの曲がり角を抜ければ町の外へ逃げ出せる」そんな時、一騎の賊が目の前に立ちはだかった。
血の臭いと雰囲気に酔っていたのだろう。その賊は略奪の対象となりうる私達母子にその凶刃を振りかざし、そのまま薙ぎ払った。
目の前が赤く染まる。一瞬死を覚悟した。しかし…私は生きていた。その凶刃の犠牲になったのは…母だった。
私の眼前に回りこみ、私を守るように身を乗り出し、声を上げる間も無く斃れたのだ。

賊はその手の剣に母の血肉を吸わせるとそのまま走り去った。
一人残された私は、私に覆い被さるように倒れた母を揺すり続けた。
もう2度と母が目覚める事の無いことを、この幼い身は理解した。
気付けば辺りには静寂が訪れていた。盗賊団が引き上げたのだった。

私はその日から独りになった。帰る場所を失った。犯罪に手を染めずに生きる術を失った。
常に身を襲う孤独・虚無感。そこから逃げ出す術を私は知らなかった。

あの忌まわしき日から幾年経った頃、幼いながらも自力で建てた母の墓前に立っていた。
母が好きだった場所…海際の山の断崖…西日が照り付け、周囲が赤く美しく染まる場所…
ここに立つとあの忌まわしき日の光景が未だに頭を過る。そして常に自責と後悔の念で私の心が支配される。
「何故強く在らなかった?」
「何故私はあれほど幼かった?」
そんな日は必ずあの日が悪夢として私の心身を蝕んでいった。
しかし、この日は違っていた。この日から変わった。そんな転機が私に訪れた。

何時ものように母の墓前でただただ咽び泣き、感情のままに叫んでいた時…いきなり私の周囲が暗くなった。
しかし、地に伏し慟哭していた私はそんな事にすら気付かなかった。
野太い、しかし優しい声が私の後ろから聞こえた。
突然の事に吃驚し立ち上がろうとしたが、体がうまく反応してくれなかった。
野太く優しい声の主だった男はそんな私に手を差し伸べてきた。
その男がその時なんと言ったかは覚えていない。ただ、何か温かい言葉をかけられたと言う事を憶えている。

長らく独りだった私は、すぐさま男の好意を受け取れる心境に無かった。
しかし、それと同時にこの孤独から逃げ出す術を心底欲していた。
心の半分を前者による疑心暗鬼が、もう半分を後者による好奇心が埋めた。
そんな複雑な心境故に男の顔を見る事無く背を向けたまま私は男が差し伸べた手を取った。
男はそんな私の感情を知っていたかのように私の手を引っ張り、抱きしめてくれた。
そのまま優しく力強く私の頭を撫でてくれた。

その時、私は理解した。今、まさに帰る場所がまた生まれたと言う事に。
この日この事を私は生涯忘れることは無かった。

その日から私の生活は一変した。男が寝食を共にし、親代わりになってくれた。師となり、私に文武を施してくれた。
男は精力的に毎日を営んでいたが、常に疲労の色が見え隠れしていた。
私は男の事が心配だった。しかしあまりに気丈に振舞うその姿に圧倒され、私は何も言えないでいた。

男との生活が数ヵ年に亘ったそんなある日、あの忌まわしき日と男との出会いに続く第三の転機が私に訪れた。

その日は師と仰いだ男との剣術の稽古だった。しかし、稽古とは言え要所要所で魔法を織り交ぜながら行う剣術は何時もながらスリリングだった。
剣術自体の腕だけなら男に勝つことは難しいものではなかっただろう。しかし、男はアルシア出身だった。魔法を織り交ぜての剣技で勝つのは至難の業だった。

通算稽古時間が軽く9万時間を越えているにもかかわらずいつも後一歩の所で逆に切り返されて一本取られてしまう。
私が攻めれば男は柳のように逃げ、私が守れば男は蛇のように隙と言う穴を目掛けて牙を剥く。
剣戟を避けようとした所に男の魔法の一撃が決まった事もあった。あの時は丸二日間目を覚まさなかったらしく男をかなり心配させた。

そんな綺麗に黒星しか並ばない私の稽古戦歴に白星を輝かせようといつも躍起になっていた。
最初は1分と持たず土がついていた。しかし次第に土がつくまでの時間が延び、半日かかっても勝負が決まらないようになっていた。

その日の稽古という私にとっての日常の1ページが第三の転機になるとは思わなかった。

その日も稽古を始めて5時間を越えようとしていた。
鍔迫り合いからいったん離れ、共に剣を構えなおす。その刹那、男が言霊を紡ぎだした。
咄嗟に魔法防御の体勢に入る。と、どうやらこの賭けは当たったようだ。男の顔が悔しさで軽く歪む。
『・・・眼前の敵を怒涛の波で押し流せ!Tidal wave!!』
殆ど無傷でやり過ごした私は男に剣戟を叩き込…みたかった。間合いを詰める為に走り出したその足元の石に躓いて転げてしまった。
しかし、この時の私は何かが違っていた。転がった勢いが良かったのか、きちんと一回転して立ち上がることができた。しかも運よく男の死角に身体を置くことができた。
だが、あまりの出来事に私も男も一瞬身動きが取れなかった。
“そのまま剣を薙ぎ払えば念願の白星が取れる”事に私が気付いたのと“後ろに下がらなければ稽古始まって以来の黒星になる”事に男が気付いたのはほぼ同時だった。
次の瞬間、全く実感の湧かないまま私は稽古始まって以来の白星を取った。

「・・・“出藍の誉”と言ったところか。素晴らしかったぞ。」
そんな男の言葉でようやく私は勝利を実感した。
足元で倒れている男の手を取ろうとしたその時…

・・・男は喀血し、そのまま地面に突っ伏した・・・

すぐさま男を抱きかかえるが、男の意識は朦朧としていた。
そんな中で男の紡ぐ言葉・・・まさにそれは遺言だった。


「お前に会ったあの日より前から俺は不治の病だった」

・・・そんな事、信じない。信じられない。信じたくない・・・

「だからこうなる事は判っていた。悲しむ必要は無い」

・・・嘘だ。未来の事なんて誰も判らないじゃないか。この気持ちは悲しみそのものじゃないか・・・

「これまで俺が教えた事で、俺の理想を実現してくれ」

・・・理想?実現?今まで教わった事で・・・

“永遠の平和”エターナル・ピースを… ETER...NAL...」

・・・永遠の平和・・・それが貴方の望み・・・
・・・ETERNAL・・・その夢を現実に・・・

今、私は2つ並んだ墓の前にいる。
私を産み、育て、命を賭して守ってくれた母
失意の底から救い上げ、生きる目的を与えてくれた師と仰ぐ男

それぞれの墓に敬愛と感謝、敬意と尊敬の念を籠めて花を手向けた。
母の墓前に亜麻(花言葉:感謝)と万年青(花言葉:母性の愛)を。
男の墓前にカミツレ(花言葉:逆境に負けぬ強さ)と薊(花言葉:厳格)を。

「永遠に続く平和」「人々の恒久的な笑顔」それを後世に残せるなら私は喜んで礎になろう。先陣を切って嫌われ役を演じよう。

全ては・・・ETERNALの為に・・・


後書
CresSS8作目の長編化です。プロットを変えず要所要所を変更する…結構しんどいですね。
細かい描写ができる反面、読者の想像力をかきたてるシーンが少なくなってるんじゃないかとちょっとドキドキ

杞憂だったら良いなぁ・・・