+fight -ウェスカ北の森の話+


 「日が暮れてきたわ。これじゃあ、野宿ね。」
 森の少し開けたところに足を踏み入れ、ルナンは呟いた。
 夕日は山に入り果て、薄気味悪い鳥の鳴き声が聞こえる。
 どうも今日は曇りがちである事も影響しているのか、暗くなるのが早いようだ。
 此処はウェスカ北西の森。ルナンはシューティングスターに奪われた手紙を取り返す為、森の中を進んでいた。
 今現在はただ道に迷い森を抜けられなくなっているだけなのだが。
 「そういえば、まだ名前を聞いていなかったわね。私はルナン。あなたは?」
 ルナン、と名乗った少女は金髪の戦士の風貌をした男に話しかけた。
 「ディザだ。そういやあ、さっきシュークリームスペシャルとか言ってたけど、何なんだ?」
 ディザはルナンの前に回りこんで問いかけた。
 二人の距離は2歩程度しか無いのだが、それでも互いの顔に靄がかかって見えるほど周囲は暗くなって来ている。
 「・・・シューティングスター。私の手紙を奪った盗賊よ。取り返さなきゃ。」
 呆れつつもルナンは答えた。
 「ふうん、大切な物なのか?」
 「そうよ。それをアネートの町長に届けるのが私の役目。」
 「何だか大変そうだな。」
 ディザが上の空で答えた。
 「ディザは見たところ戦士みたいだけど?」
 ルナンもディザに問いかけた。
 大きな鎧に長い剣、そして、目付きや剛毛と云った点でも、ディザは一分の隙も無い戦士の容姿だった。
 「まあ、そんなところだな。ちょっと探してる奴が居て、旅をしてるんだ。」
 心無しかディザの表情が曇った。
 それを知らずか、ルナンは
 「大切な人?」
 とディザに尋ねた。
 その瞬間、ディザは何かが吹っ切れたように目元を吊り上げ、ルナンに迫っていた。
 「そんなんじゃない!」
 「え・・・な、なに?」
 突然のことに戸惑いを隠しきれず、怯みつつルナンが答える。
 それを聞き、ディザの表情は少し後悔したようなものに変わった。
 「悪い・・・。正反対の事を言われたんで、つい・・・。」
 ルナンから一歩下がって言った。
 「腹が減ってしょうがねえし、もう寝ようぜ。」
 「そうね。」
 そう言うと、二人は共に横になれるであろう場所を探し始めた。
 このウェスカ北西の森は小石が多く、寝るには適さない場所だった。
 しかし、それでも南部の大雪原で寝るよりはマシだろうなぁ、等とルナンが考えていると、少し森の奥に入ったところに背の低い草が群生している所を見つけた。
 丁度2,3人が寝るには丁度いい広さで、その場所だけ切り取られたように木が生えていない。
 他の所は土や小石の地面であり、一見すれば不自然だったのだろうが、歩き疲れていたルナンにはそんな事を考えている余裕も無かった。
 「ディザ、ここなんていいんじゃない?」
 ルナンは他所を探していたディザを大声で呼んだ。
 夜の森に木霊する声はなんともいえず不気味さを醸し出している。
 暫くすると、小気味いい草を割る足音と共に、ディザが木の間から身を出した。
 「お、いいんじゃないか。じゃあもう早く寝ようぜ。」
 と言うと間髪居れずにその場に寝転んでしまった。
 ルナンもそんなディザを見て妙な感心を抱きつつ、その場に横になる。
 気付けば二人とも夢のまどろみの中に入っていた。

 「クレイ・・・」
 あまりにも小さく、夜の闇に溶けてしまいそうな声。
 その声を出したルナン、彼女は森の中で深い眠りに就いていた。
 「クレイシヴ・・・」
 先程より長い言葉が呟かれる。
 ルナンの顔が少し引き攣った。
 「クレイシヴ!!」
 先程よりも更に大きな声を上げ、ルナンは目を覚ました。
 目を見開くと暗い空に光を放つ満月が飛び込んできた。
 寝転んだままで首だけを横に向けると、ディザが隣で思いのほか小さい寝息を立てて眠っているのが見える。
 嫌な夢だった、と溜息をついてルナンは再び目を瞑る。
 しかし、よく考えてみると違和感が残った。
 何の夢を見ていたのか一切思い出せなかったのである。それも、とても大切な夢を見ていたような気すら感じていた。
 だが、ルナンはそれらを疲れているせいだと思い込むことに決め、再び眠ろうとした。
 したのだが、どうも先程から妙に何者かの視線を感じる。
 ルナンはそれを確かめるために、もう一度僅かに目を開き、視線のする方向を確かめた。
 すると、其処には、二匹の大きな狼が居た。
 「!!」
 気付いたときには既に一匹の狼が此方に向かって飛び掛って来ていた。
 ルナンは大きくよろけつつも何とか立ち上がり、狼の先制攻撃をギリギリの所で回避した。
 「危なっ・・・!」
 あの鋭利な歯で噛み付かれれば一溜まりも無い。
 ルナンは何とか攻撃を回避する事だけを考えつつ剣を構え、先程攻撃してきた一体の狼を睨み付けた。
 だが、やはり戦いに慣れていないせいだろうか、この時既にルナンはあまりにも大きな凡ミスを犯していた。
 「っ・・・!」
 気付いたときにはもう遅かった。背後からもう一匹の狼の鋭い体当たりを受け、鈍い音と共にルナンの肢体は宙に 舞った。

 「なんだ・・・?物音が・・・」
 それまでの戦いで狼が草を踏み鳴らしていた事が不幸中の幸いとでも言うべきか。
 ルナンが体当たりを受けたその直後、ディザは目を覚ましていた。
 「うるせえなぁ、なんだってんだよ・・・」
 ディザはそう呟くと、物音のするほうに視線を送った。
 其処には、ルナンが狼の攻撃を受けて横たわっていた。
 「ルナン!」
 ディザはそう叫ぶが早いか、狼の前に剣を持って飛び出していた。
 ルナンは苦しそうに身を捩っている。背中に攻撃を受けたようだった。
 「おらぁ!」
 ディザはそう叫んで剣を全力で振り払った。
 狼はその場に倒れ、仰向けに崩れ落ちた。
 「ディザ・・・」
 ルナンが気を取り戻し、弱弱しい声で名を呼んだ。
 周囲には獣の臭いが充満している。考え無しに寝床をここに決めたことにディザは心底から後悔した。
 「ルナン、大丈夫か!?」
 「私は、大丈夫だけど・・・いや、後ろ!」
 そう言われて慌てて振り向いた。
 すると、目と鼻の先に、狼が居た。
 ディザは瞬間的に剣を出し、狼の目の前で剣を一閃させた。
 命中こそしなかったが、既に飛び掛る体制に入っていた狼は大きく怯み、2,3歩後ずさりした。
 だが、ディザも体勢を崩し、後ろに尻餅をついた。
 慌てて立ち上がると、狼もまた体勢を立て直し、此方を睨んでいた。
 狼が低い声で威嚇の声を発している。ディザも剣を構えて狼との間合いを取っている。。
 暫く睨み合いが続いた。狼とディザ、共に一歩も動かない。
 そうした緊迫の空気を破ったのは、この発端となった、彼女だった。
 「ディザ!もう大丈夫だから私に任せて!」
 ルナンはそう叫ぶと、勢いよく立ち上がった。
 「ルナン!?」
 突然の事に狼も少し驚いたようだ。
 ルナンはその隙をついて、自分が一番最初に覚えた魔法──故郷の家の壁を焦がした魔法を唱えた。
 出せるだけの力を使って。
 「ファイアーボール!」
 その瞬間、ルナンの目の前に大きな炎の玉が現れた。
 その玉は迷うことなく進んでいき、狼とぶつかり、砕け散った。
 狼はその場に倒れこみ、もう一体の狼と同じように崩れた。
 「はぁ、はぁ・・・」
 二人とも息が上がっている。
 双方とも今すぐ横になって寝てしまいたい気分だったが、二人には今すぐしなければならない事があった。
 それを切り出したのはディザだった。
 「とりあえず、寝場所を変えようか、ルナン。」

 翌朝二人が目が覚ますと、空は昨日とは違って雲ひとつ無い晴天だった。
 昨晩はあれからルナンの怪我の応急処置を行い、砂利や小石の上で寝た。
 その所為か背中が酷く痛んだが、狼に襲われるより幾分マシだろうとディザは自分を納得させた。
 横を見ると、ルナンはもう起きていた。
 立ち上がり、辺りを見渡すと、ルナンが近くの木にもたれかかって座っている。
 「昨晩大分うなされてたな。」
 ディザはルナンに近づき、あえて違う話題から話しかけた。
 「そう?あんまり覚えてないんだけど。」
 ルナンが素っ気無く答える。何か悩んでいるような顔だ。
 「手紙を取り返すって言ってたな。どうだ、それまで一緒にいてやろうか?」
 ディザは更に続けた。
 「いいんだけど・・・悪くない?」
 ルナンは立ち上がった。
 「別にいいさ。それに、盗賊は狼よりも強いと思うぜ。」
 そう言うと、ルナンはくすくすと微笑んだ。
 「そうね・・・。じゃあお願いしようかしら。」

 作:hr
 http://hrhara.tuzigiri.com/

 実際のウェスカ北の森でのイベントは素っ気無い物でしたが、裏ではこんな事もあったかも知れないですね(何
 そういえばcresteaju本編で野宿を敢行したのはこの場面以外では無いんですね。
 そう考えると重要な場面だったのではないでしょうか(何が
 
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